死後にまつわること6
【慣性】
死んだ後も当人の「性格・性癖・趣味趣向・言動・考え方・イデオロギー」等の地上時代に形成された人間性はいささかも変貌しません。
肉体がなくなっただけで、地上時代に培った習性は死んでも変わらないのが真理です。
頑固者は死後も頑固者。悲観的な者は死後も悲観的思考。カルト宗教の誤った教えを信じていた者は、相も変わらずその教えを信じて抱き続けるのです。
人間は死んだからといって、ガラッと人間性が変質するわけではありません。
【霊衣】
あの世へ行くと先に亡くなった人たちと再会できます。
そのときの容姿は生前一番親しみがあり、自身が最も愛していた頃の容貌で現れます。
そうなると、「じゃあその人物は生まれ変わってないのか。輪廻転生は嘘だ」という疑念が生じると思います。
死後再会する相手は生前時と変わらぬ見た目で肉体を纏っているように見えますが、それは「霊衣」と呼ばれる言わば「分身」です。
分身だからといって偽物ではありません。本体の一部が霊衣となって現れているのです。
そしてまた別の一部分が新たな肉体を着て生まれ変わり、現世で再び人間として修業を開始しています。
分身(霊衣)といっても本体から分離した一部なので、生前の記憶は全てインプットされています。
ですから霊衣となって再会しても、それは偽物でもクローンでもなく、列記としたあの頃の大切な人たちなのです。
【上下間の移動】
あの世では下層階にいる者が上層階へ行くことは出来ません。
けれどその逆は可能です。しかしそれは全ての上層階の魂が向かえるわけではありません。
下層階にいる覚醒を果たしていない低級魂を救済する、という使命をもった高級霊たちが下層階へ降りることが出来るのです。
列記とした大義名分を抱いた者だけが特例で一時的に下降できるだけで、誰から構わず用
もなしに行けるわけではありません。
因みに下層階の魂が上層階へ移行するには、完全なる精神主義となり霊的に進化することです。
そうなれば、波長が下層階では適応できなくなり、自然と上の階へ上昇していきます。
【生死の境の風景】
生死の境を彷徨った人たちが度々、「三途の川を見た」「川の向こうから誰かが手招きして呼んできた」「広大な花畑にいた」などなど、どれもみな似たようなパターンで大方、川あるいは花畑というのがメジャーです。
これには日本人の死生観や宗教、昔話や漫画が関係しています。
古来より日本では様々な思想や学問や文化から「死んだら人は三途の川を渡る」ということが嘘か誠か言い伝えられてきました。(※スピリチュアル的には嘘)
その影響から日本人は死ぬと川が目の前に出現すると思い込んでしまったのです。
その結果、臨死体験者の多くが三途の川を目にすることになったのです。人間の思い込みという思念は空想を具現化させるほど強力なもの。
ですから、死んだらマリア様が迎えに来てくれると生前から思い込んでいた者なら、三途の川ではなくマリア様を目にすることもあるでしょう。
死後の風景というのは千差万別。人の数だけあるのです。
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